本の概要
Appleを追い出されたスティーブ・ジョブスが次に立ち上げたのがNEXTコンピューターであり。そして、同時期にジョージ・ルーカスから購入したのがアニメーション制作会社であるピクサーだった。本書はピクサーがまだ映画を1本も製作していない時期から、株式公開を経て、ディズニーに売却するまでの話である。
原題は『TO PIXAR AND BEYOND My unlikely Journey With STEVE JOBS To Make Entertainment History』
著者紹介
著者のローレンス・レビーはシリコンバレーの弁護士から会社経営を行い、1994年にスティーブ・ジョブズに声をかけられ、ピクサー・アニメーションスタジオの最高財務責任者(CFO)兼社長室メンバーとなる。ピクサーでは事業戦略の策定とIPOの実現を担当し、のちにピクサーの取締役にも就任した。
読んでみて
ピクサーはアップルを追い出されたスティーブ・ジョブズが(魔法をかけて)成功させたクリエイティブな企業というイメージしかなかったのだが、本書を読めばかなり難しい状況から、奇跡のような成功を収めた企業だったということがわかる。そしてそれを著者のローレンス・レビーはこのように例えている。
映画であれほどの成功を収めたのを見ると、ピクサーはストーリーを語る芸術の理想郷として作られ、クリエイティブな炎がぱぁっと立ちのぼったのだろうと思うかもしれない。私が見たものは違う。むしろ、プレートのぶつかり合いで山脈が生まれる様子に近い。プレートの片方は、イノベーション圧の高まりだ。つまり、美術的・創造的にすばらしい物語を求める流れと、それを表現する新しい媒体であるコンピューターアニメーションの創出である。もう片方は、生き残らなければならないという現実世界のプレッシャーだ。具体的には資金の調達、映画チケットの販売、制作のペースアップなどである。このふたつの力が絶えずぶつかり合い、あちらこちらでも地震や余震が発生した。
課題だらけの会社
著者がピクサーのCFOに就任した時点でピクサーは1本も作品を公開していなかった。
それどころか、スティーブ・ジョブズが5000万ドルの身銭を切って会社の赤字を補填していた。
そんななかで事業計画を立て、株式公開を目指せ、というのだからステーブ・ジョブスの要求もどうかしていると思うのだが、結果的に著者はそれを成し遂げてしまう。
著者はどのような手順でこのような成功を成し遂げたのだろうか。
事業内容と状況の把握
著者がピクサーに入った時、ピクサーには4つの事業があった。レンダーマンソフトウェアというコンピューター・イメージを作成するプログラム、CMアニメーションの作成、短編アニメーション、そして長編映画の作成だ。
レンダーマンは顧客が50社と少なく、業界トップのソフトウェアでありながら事業としては成立しえない。しかし、レンダーマンの基本的機能を支えるピクサーの特許があり、マイクロソフトとシリコングラフィックスが特許を侵害していることがわかった。そこで特許侵害で訴える準備をしつつ、ライセンス料の契約交渉を行い、キャッシュを獲得する。
CMアニメーションは仕事は散発的で予算も少なく、見積もりを間違えたり想定外の問題が起きれば儲けが吹っ飛ぶほどの薄利であった。
短編アニメーションはアカデミー賞の最優秀短編アニメーション賞にノミネートされるなどいくつもの賞を受け好評だった。しかし、問題はお金にならなかった。
結果的に長編映画しか賭けるものがないことがわかったが、そこにはディズニーとの契約が重くのしかかっていた。
実績のない会社にディスニーが制作費を出している以上、この契約書は飲まざるをえないものだった。
さらにストックオプションが行使されていないことから、古参の従業員達に対するスティーブへの不信感があり、両者の間には大きな溝があった。
エンターテイメント・ビジネスの収益構造を把握する
株式公開を目指すにあたり、投資家をひきつけるための事業計画が必要である。
ディズニーとの契約が足かせになるなか、事業計画を練るためにエンターテイメント・ビジネスの収益構造を把握するために奔走する。
そして、ハリウッドの弁護士から、進化発展させたアニメーション用モデルを還元することを条件に、社外秘である映画での財務モデルを引き出すことに成功し、ディズニーからの情報をあわせてアニメーション用の財務モデルを作成する。
株式公開を目指す
株式を公開して資金調達を目指すにあたり、ストックオプションの問題をスティーブと話し解決させ、ピクサーの行わなくてはならないディスニーと契約見直しの交渉を前提とした目標を設定する。
- 取り分を4倍に増やす
- 制作費用として7500万ドル以上を調達する
- 制作本数を大幅に増やす
- ピクサーを世界的ブランドにする
そして、株式公開の幹事となる投資銀行の選定と交渉、取締役会の選定と打診を行う。
ディズニーとの交渉
『トイ・ストーリー』の大ヒット、そして株式公開もうまくいき資金調達ができたスティーブとローレンスは、ディズニーとの契約条件見直しについての交渉を行う。ピクサーが求めたのは下記の4点である。
- クリエイティブな判断の権限
- 有利な公開時期
- 収益は正しく折半
- ピクサーブランド
制作に口を出さないこと、配給はディズニーの作品と同じように年末など有利な時期に公開すること、配給にかかる経費などをのぞき、収益を折半すること、そしてピクサーのブランド表記をディスニーと同じようにすることだ。この交渉は、一度は破綻しかけたが、結果的にピクサー側の望んだものになる。
ディスニーに売却
1997年2月にアップル・コンピューターのネクスト買収があった。そして同年7月、スティーブ・ジョブズがアップルのCEOに返り咲くことになった。
そして2003年にはスティーブ・ジョブズは癌と診断されている。
ローレンスは1999年にCFOを退いていたが、ピクサーは『トイ・ストーリー』以降、『バグズ・ライフ』、『モンスターズ・インク』、『ファインディング・ニモ』、『Mr.インクレディブル』、そして公開間近の『カーズ』とヒットを飛ばしていた。そんな2005年10月、ローレンスはスティーブにピクサーの多角化か、ディズニーへの売却の提案をする。
そして、2006年1月、ディスニーがピクサーを74億ドルで買収することを発表した。
本書は著者の回顧録のように書かれているが、スティーブとのやりとりや、状況に対する考察など、ぐいぐいと話に引き込まれていく。
そういう意味では多くの人が人生で経験することのないであろうIPOや会社の売却などシリコンバレーのダイナミズムを追体験できるのだ。
- ピクサーの歴史に興味がある人
- スティーブ・ジョブスがアップルに返り咲くまでの間にしていたことが知りたい人
- 会社を起業してIPO、会社売却までの裏側に興味がある人