国際的な情報戦争の裏側を暴いた世紀の告発本

本の概要

ネット上の行動履歴から利用者の特性を把握し、カスタマイズした情報を流すことで行動に影響を及ぼす「マイクロターゲティング」。フェイスブックから膨大な個人情報を盗みこれを利用したのがケンブリッジ・アナリティカなる組織だ。彼らは何のために国家の分断を煽り、選挙結果を操ったのか。元社員による衝撃の告発。

原題は『Mindf*ck』

著者紹介

クリストファー・ワイリーはカナダ人。ロンドンにあるケンブリッジ・アナリティカの元社員で、同社とフェイスブックによる個人データの悪用した国際的なデータ犯罪を暴露し、告発した。

読んでみて

facebookやtwitterなどのSNSが世界的に普及したのは2010年代に入ってからだと思うが、本書で告発されているのはSNS普及後の数年で起きた国際的な情報戦争の舞台裏である。

これほど深刻かつ恐ろしい事が起きていたのかと驚いたと同時に、現代の脅威として危機感が募る内容だった。

インターネットの登場によってまったく新しいビジネスモデルが生まれた。われわれ自身(行動パターン、関心事、アイデンティティ)を商品へ転換するビジネスモデルだ。データと産業が合体した複合体の原材料は、われわれ自身なのである。

マイクロターゲティングによって効率化された選挙対策

ケンブリッジ・アナリティカは、個人情報から導きだした個々の特性に対し、マイクロターゲティングの手法で認知バイアスをハッキングすることで選挙を攻略した。

大半の選挙運動は大きく二つの要素で成り立っている。一つは投票であり、もう一つは説得である。前者は「GATV(ゲット・アウト・ザ・ボート)」とも呼ばれる動員活動であり、支持者でありながらも必ずしも投票しない有権者がターゲットにされる。
後者は「GOTV」とは反対に、投票するが支持者ではない有権者がターゲットにされる。「投票する可能性が著しく低い有権者」あるいは「支持者になる可能性が著しく低い有権者」は関わる意味がないのでターゲットから外される。

CAはターゲットを選別、分類する時にパーソナリティ5因子モデルを活用した。
パーソナリティ5因子モデルとは 知的好奇心、良識性、外向性、協調性、情緒不安定性の5つで、その組み合わせによってパーソナリティを測定するのである。

例えば保守派は知的好奇心が低く、良識性が高かったり、民主党支持者は知的好奇心が高いが良識性は低いなどといった傾向があり、これは肌の色や性別(例えばヒスパニック系女性)などの分類よりも精度が高い。

情報戦争の怖さ

CAは、フェイスブックから個人情報を収集し、洗脳しやすい人間をターゲットとして選別し、そのターゲットにカスタムされた偽情報を集中的に流すことで行動をコントロールして望むべき結果を得る。

この手法が恐ろしいのは、限りなくパーソナルなスペースで洗脳または扇動が行われているため、他の人の目につきにくいという点にある。たぶん多くの人は隣人がSNS内で攻撃を受けているとは想像すら働かないだろう。ひょっとしたら職場の隣の人のタイムラインは恐怖や憎悪を煽るようなプロパガンダに埋め尽くされているかもしれないのだ。

ターゲットの選別

心理学の世界では社会的に不適応で反社会的行為に走りやすいといわれている3つの特性をダークトライアド(暗黒の3大特性)と呼ぶそうだ。

  • ナルシシズム(極端に自意識過剰な自己陶酔人格)
  • マキャベリズム(無慈悲で冷酷な利己主義人格)
  • サイコパシー(感情的に孤立する反社会的人格)

ケンブリッジ・アナリティカは「神経症とダークトライアド特性をもつ集団」と「平均的市民よりも衝動的怒りや陰謀論に傾きやすい集団」を選別して狙いうちにすることで、一度、偽情報を流せば勝手に拡散していくというモデルを構築した。

認知バイアスや情報操作のメカニズムについては以前紹介した『フェイクニュースの科学』という本を読むとより理解が深まるだろう。
偽ニュースには踊らされない。情報に翻弄されない現代人の必須スキル

これは現代社会への警笛である

著者のクリストファー・ワイリーは理想を掲げて立ち上げた組織が悪の組織に変わっていくのを見て苦しんだ。そして、最後には命の危険すらある中、告発に踏み切った。

インターネット黎明期には民主主義信奉者は大きな期待を抱いた。インターネットは独裁政治を揺るがす大きな力になると予想したのだ。現実は違った。ソーシャルメディアの登場によって、独裁体制のニーズ(監視と情報統制)に答えるアーキテクチャーが出来上がりつつある。大衆が「ニューノーマル」に慣れて無感覚になったとき、独裁体制は完全な自由を得る。

インターネットの誕生により、人々は多くの恩恵を受けた。
少ない時間で、多くのことをできるようになったり、少ない予算で大きな成果をあげたり、物理的距離や国境などによる垣根をなくした。その一方で生み出したレバレッジや利便性は良くない方向にも機能してしまった。地球の裏側にいる犯罪者からターゲットとして狙われ、被害者になりうる時代になってしまったのだ。

SNSでも陰謀論を鵜呑みにしてしまっている人や、信ぴょう性の乏しい情報に振り回されている人を見かける。ひょっとしたら彼らはすでにターゲットとして狙い撃ち、つまり情報操作を行う側の『ほしいものリスト』に加えられてしまったのかもしれない。

己を、そして大事な人を守るために、ファクトチェックやメディアリテラシー教育の重要性を強く感じる。政治家や教育に携わる人には特に読んで欲しい1冊である。

こんな人におすすめ!

  • トランプがなぜ大統領になれたのかが知りたい人
  • 陰謀論者が生まれる背景を知りたい人
  • 国際的な情報戦争に興味のある人