本の概要
アメリカ社会、とりわけ若い世代に広がりつつあるリバタリアニズム(自由至上主義)。公権力を極限まで排除し、自由の極大化をめざす立場だ。リベラルのように人工妊娠中絶、同性婚に賛成し、死刑や軍備増強に反対するが、保守のように社会保障費の増額や銃規制に反対するなど、従来の左右対立の枠組みではとらえきれない。著者はトランプ政権誕生後のアメリカ各地を訪れ、実情を報告。未来を支配する思想がここにある。
著者紹介
渡辺 靖 (わたなべ やすし)
慶應義塾大学SFC教授。1967年(昭和42年)、札幌市に生まれる。
専門はアメリカ研究、文化政策論。
著書
- 白人ナショナリズム アメリカを揺るがす「文化的反動」 (中公新書) 2020年
- 沈まぬアメリカ―拡散するソフト・パワーとその真価 2015年
- 〈文化〉を捉え直す-カルチュラル・セキュリティの発想 (岩波新書) 2015年
- アメリカのジレンマ 実験国家はどこへゆくのか NHK出版新書 2015年
- アメリカン・コミュニティ―国家と個人が交差する場所―(新潮選書)2013年
- 文化と外交 パブリック・ディプロマシーの時代 (中公新書) 2011年
- 現代アメリカ (有斐閣アルマ) 2010年
- アメリカン・センター―アメリカの国際文化戦略 2008年
- アフター・アメリカ―ボストニアンの軌跡と<文化の政治学> 2004年
読んでみて
『リバタリアン』または『リバタリアニズム』。
よく聞きはするものの、その特徴は何なのか?と問われると、とにかく自由を主張してる人たちくらいの曖昧な説明しかできない。
自分なりに政治思想をマッピングした時、無知の空白地帯は多数があるが、なかでもひときわ目立つものが『リバタリアン』である気がしたので、理解を深めるために読んでみることにした。
リバタリアンとは何なのか?
リバタリアンは『自由市場・最小国家・社会的寛容』を重んじている。
誤解を恐れずに言えば『人の自由を侵害しないかぎり、人が何をするのも自由。』といった思想である。
1971年にリバタリアン党を立ち上げたデヴィッド・ノーランがその思想的位相をノーラン・チャートという概念図に示している。
個人的な自由と経済的な自由という価値観で表した時に、経済的には共和党に近く、社会的には民主党に近い。
多くのアメリカ国民は、個々の政策に対して意見があったとしても、支持政党に投票する傾向にあると思うのだが、リバタリアンはそれぞれ考え方の近い民主党議員、共和党議員に投票する。
リバタリアン党の影響力が小さいということもあるとはいえ、個人の自由を求めるリバタリアンであるからこそ、党ありきの投票行動ではないのが興味深い。そして、それがリバタリアンという存在をわかりにくくしている要因なのかもしれない。
自由市場・最小国家・社会的寛容を通奏低音としつつも、個々人がそれぞれにリバタリアニズムを解釈している。
リバタリアニズムの分類
リバタリアニズムは「政府の関与の度合いによる分類」と「自由を至上価値とする論拠」の二つのカテゴリーで分類されることが多いそうだ。
政府の関与の度合いによる分類
- 無政府資本主義(アナルコ・キャピタリズム)
- 最小国家主義(ミナキズム)
- 古典的自由主義
無政府資本主義(アナルコ・キャピタリズム)
政府の存在を倫理的にも認めず、道路や公演、海洋などの公共財はおろか、警察や裁判所などすべてのサービスの民営化を提唱する。
最小国家主義(ミナキズム)
国防・司法・治安のみを政府の役割とする夜警国家論
古典的自由主義
「大きな政府」を否定しつつも、政府の役割については肯定的。
「小さな政府」論は共和党保守派にも近い。
自由を至上価値とする論拠
- 「自然権」論
- 「帰結」論
- 「契約」論
「自然権」論
時代や地域や属性に関係なく、生存権、自由権、財産権などを、個人に等しく与えられた普遍的な権利として「自由」と捉える立場
「帰結」論
概念論ではなく、自由を追求することが幸福に至る最も合理的な選択であるとする
「契約」論
より政治学に近く、多数決に基づく民主主義の持つさまざまな問題点(例えば、政治家や官僚は公正無私ではなく自己利益を追求する点など)を指摘
豊富な事例と調査活動
本書は実際に様々な機関や人物を訪れてインタビューやリサーチを行うなど、ルポルタージュ的な側面が強い。
多くのリバタリアンが移住したニューハンプシャー州のフリーステートプロジェクトであったり、洋上自治都市として建設されるシーステッド構想、世界各地の財団や研究所、セルビアとクロアチアの国境地帯を流れるドナウ川の中洲に建国された「リベルランド自由共和国」(Free Republic of Liberland)などだ。
なかでも驚いたのが、自由という価値観とは対局にあるように思える中国におけるリバタリアンの活動である。
北京での難しい活動に対比するように香港のシンクタンクについての記述があったのだが、残念なことに香港の状況は執筆時とは大きく異なっている。やはり中国では自由どころか、基本的人権さえままならず、リバタリアンの活動は難しいのかもしれない。
兎にも角にも、アメリカ以外のリバタリアニズムについても紹介されている点はとても興味深かった。
とくに、リベルランド自由共和国なんて、なんとも旅人心をくすぐるではないか。
まとめ
アメリカは依然として超大国であり、様々な分野で世界に与える影響は大きい。
そんなアメリカにおいてリバタリアンは若い世代において支持を増やしている。無政府主義まで行くとかなり過激だとは思うが、今後、選挙ではスイング・ステートなどの結果にも影響を及ぼすだろうし、アメリカの政策にリバタリアニズム的思想が反映されていく場面も増えていくかもしれない。従来の、民主党(または共和党)だからとかいう単純な考えではなく、どちらにも投票を選択するリバタリアニズムの思想を理解してこそ、アメリカの行動原理を読み解く助けになるのかもしれない。
豊富な事例とともに、様々な角度からリバタリアン(リバタリアニズム)と、それを取り巻く周辺知識にも光を当てていて知的好奇心を満たしてくれる良書だった。
- アメリカの政治や思想に興味がある人
- リバタリアニズムについての理解を深めたい人