デザインにおける第一印象の美学。ブックデザイナーのTED講演の書籍

本の概要

ブックデザイナーであるチップ・キッドによるTEDの講演『The art of first impressions — in design and life』をもとに書籍化したされたもの。

原題は『judge This』

著者紹介

チップ・キッド氏はアメリカ、ニューヨーク在住のブックデザイナー。
村上春樹の小説を始めとした多くのブックカバーデザインを手がける。

坪野 圭介 訳

読んでみて

正直に言うと、実はこの本のことをUI(ユーザー・インターフェース),UX(ユーザー・エクスペリエンス)あたりの本かと思って購入した。
十分に内容を確認せずに購入した自分を棚にあげて言わせてもらうが、タイトルは『判断のデザイン』となっているし、交通標識が並んでいるカバーデザインからそう判断したのも無理はないと思うのだ。(つまり。この日本語版のタイトルとデザインは機能していない)

実際のところは、視覚的なデザインが第一印象にどのように機能するかや、どのようなインスピレーションをえて、どのようにして作品に落とし込んだか。という内容である。
それはアーティストといってもいい、魅せる仕事を行っている著者が自らの仕事をジャッジしてくれ(してみやがれ)という挑戦的な内容でもあるように感じる。(原題はJudge This)

ブックデザイナーである著者は、日常生活やニューヨークの街を歩いていて目に飛び込んでくるあらゆるものからインスピレーションを受けるとともに、それをどのように感じ、判断するかについて言語化し、それを明瞭さ(Clarity)と不可解さ(Mysterious)のスケールを用いてジャッジし、第一印象を一言で表しているのだ。

取り上げる対象についての解説はあるものの、言ってみれば大喜利番組である『写真で一言』のデザイン版のような本である。

ブックカバーをデザインする際の思考

中盤以降はこれまで著者の行ったブックカバーデザインと、そのアウトプットに至った思考やインスピレーションの元が開示されている。

まずテキストを読み込み、どのようなメッセージが込められていて、どのように表現すれば効果的なのか。日常で得たインスピレーションをどのようにデザインに応用したかが、著者自らによって種明かしされている。

村上春樹の『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』のカバーデザインはとくに秀逸だ。
近年の村上作品は読んでいないのだが、ストーリーの概要を理解したうえでそのカバーデザインに至った経緯を聞くと、これしか正解はなかったのではないかと思えるほどの説得力がある。

おわりに

この本を出版した朝日出版社も、カバーデザインを手がけたブックデザイナーも、この本の内容や意図を理解しているとは思えないのが残念で仕方ない。おそらくブックカバーデザインを行ったデザイナーはこの本を読まずにデザインしたのだろう。(仮にそうでなければ致命的なほどに読解力が低すぎる)
著者は、デザインが明瞭であることも、不可解さを残すこともどちらも重要でその間のバランスを上手くとるようにしていると書いている。しかし、残念なことにこの本はそのどちらにも失敗している。なぜならデザインする対象に向き合わずにデザインしてしまったため、どちらにもなりようがないからだ。

ブックデザイナーの本であり、デザインがどう機能し、どのように生まれるかというテーマを扱っている本に対して、書籍タイトルが内容と離れすぎていて、さらにデザインが誤った方向で追随している。中身で主張されていることと正反対のことをしているとはなんと皮肉なことか。
人為的に起きた壮大な事故現場に立ち会ってしまったような気分である。
TEDの名の上で日本の出版社とデザイナーが、結果として原作者のデザイナーを冒涜してしまっているのがなんとも残念である。

この本の内容自体は面白い。が、(日本語版の)デザインは大失敗している。
装丁デザイナーを目指す人はTEDの映像も含め、十分楽しめるだろう。そして、日本語版の出版社とブックデザイナーによる致命的なミスは反面教師として活かせばいい。

TEDでの講演

TEDで行われた彼の講演(すべて日本語字幕あり)では彼が手がけたデザインを見られるとともに、彼のチャーミングな人柄も楽しむことができる。

『The art of first impressions — in design and life』

本書のテーマにもなっているTEDでの2015年の講演

『Designing books is no laughing matter. OK, it is.』

こちらは2012年の講演

『Small Thing Big Idea』

講演ではないがについて語っている2020年のもの

こんな人におすすめ!

  • デザイナーのインスピレーションの元に興味がある人
  • 装丁デザイナーになりたい人