本の概要
1991年にソ連の占領が終わってから、今やIT先進国として世界に知られるバルト三国最北にある小国エストニア。国民のほぼ全員に個別のID番号が割り当てられ、2005年からはインターネット選挙も行われ、最近では約30%の人がインターネットを使って投票しているそうだ。
本書はエストニアがこれまで取り組んできたこと、これから取り組もうとしていることが書かれている。
著者紹介
ラウル・アリキヴィはエストニア生まれ。早稲田大学で博士課程を修了し、エストニアの経済通信省にいた人物で今は複数の会社を経営している。
日本・エストニア/EUデジタルソサエティ推進協議会 理事
前田陽二氏は民間企業、次世代電子商取引推進協議会での調査研究、日本情報経済社会推進協会の主任研究員、はこだて未来大学の非常勤講師などを経てきた経歴の方でエストニアや国民ID制度に関する著書もある。
日本・エストニア/EUデジタルソサエティ推進協議会 代表理事
読んでみて
内容について触れる前にまずはエストニアの位置を確認しておきたい。
バルト三国(エストニア、ラトビア、リトアニア)の中で最北にあり、北にフィンランド、西にスウェーデンがあることからも、東欧というよりは北欧への帰属意識が高い地域だそうだ。
行政や公共サービスのIT化とeIDカード
エストニアは130万人という日本の100分の1程度の人口でありながら、選挙、会社の登記、不動産の登記、医療管理サービスなどありとあらゆるものがインターネットを通じて安全に利用できる環境が構築されている。
この基盤になったのがeIDカードという電子身分証明書であり、日本のマイナンバーカードの優れたものだと思ってもらえばいい。
詳しい仕組みやセキュリティに関しては本書に目を通してほしいが、今ではこの仕組みを拡張し、eレジデンシーカードを外国籍の人にも発行している。これは人口が少ない同国における『仮想エストニア国民』を増やすという国家戦略に基づいている。国家間での法整備などの課題は残るものの革新的な取り組みと言えるだろう。
e-estonia.com
盛り上がるスタートアップ環境
元祖インターネット電話の『Skype』はもともとエストニアで生まれたものだが、その成功と売却益がスタートアップのエコシステムを作り上げることに貢献し、今では多くのスタートアップが生まれていて、アメリカシリコンバレーのPayPalマフィアならぬ『エストニアンマフィア』という言葉も生まれているらしい。
日本がIT立国するうえでの課題
本書の冒頭で、エストニアがIT立国を構築するときに助けになった原則が紹介されてる。
- 情報社会を構築するには、まず強力な技術と法的な基礎を作成する必要がある
- 情報社会構築のための基本は技術的作業であり、政治的な問題ではない
- ITの改革は時間と忍耐が必要
- 社会全体に影響する改革は個別的に行うのではなく、多くの場合、まとめて改革を行う必要がある
- どの社会でも、技術に詳しい人とそうでない人がいる
- デジタル情報化時代及び新しい社会的合意の中で、データ保護に関する認識を見直す必要がある
- すべての大規模なICT改革は、公共部門と民間部門の協力で行われる必要がある
これらの原則を元に日本がIT立国として発展してくためには何が課題となるか考えてみた。
1. マイナンバーの普及と、その前提となる信頼の回復
マイナンバーの普及が進まない原因としては、メリットが国や行政に対する不信感を上回っていないからであり、この点は政治や行政の信頼回復が不可欠だろう。
政治家の汚職や、大金を投じた国主導のキャンペーンの失敗が続くようではいつまでたってもスタート地点に立てない。国費の投じ方や、業者の選定方法に対する透明性の確保が求められる。
2. セキュリティの強化と法整備
自衛隊に宇宙軍が設立されたが、サイバーセキュリティ部門も強化する必要があるだろう。日本にはスパイ防止法がないため、世界中の諜報部員にスパイ天国として認識されていて、ロシアの外交官がソフトバンクの技術情報を盗みだそうとした事件があったのは記憶に新しい。
全国民の個人情報がインターネットにつながったデータベースがあるとすれば、ターゲットになることは間違いないし、罰則がなければ諜報活動が捗ることは間違いない。
3. 長期的な視野に基づいた計画性
エストニアではEUの7年ごとの予算計画に合わせて7年毎にICT戦略を立てて実行しているそうだ。その場しのぎの方針で国民を混乱させてばかりの日本とは大違いである。
4. 時代にそぐわない既得権益
はんこ議連に代表される時代にそぐわないものを何がなんでも守ろうとする人達がいる。必要ないとすぐにすべて切り捨てる必要はないが、不要になったものを無理に残そうとするのではなく、現実的な視点で事業をシフトしていくためにサポートしていく姿勢が求められるだろう。
日本にも実現できるのか
世界中でCovid-19の感染が広がる中、東京都が3月4に新型コロナウイルス感染症対策サイトを公開した。
このウェブサイトは非営利団体であるCode for Japanに所属するエンジニアやデザイナーが中心となってオープンソースで開発が進み、様々な人達がアップデートに貢献した。
立ち上げと更新のスピード、内容とともに日本の優れた能力が可視化された出来事だった。
翻って、国が主導となった緊急事態宣言や給付金支給、Go To Travelキャンペーンはどうだっただろうか。
大金が投じられているにも関わらず、ズムーズに物事が進んだとは思う人はいないだそうし、業者選定など利権を勘ぐってしまうような疑問点も残る。支持者に最大限のリターンを返そうとする政治家が主導で物事を進める限り、上手くはいかないだろう。
簡単ではないが、情報の透明性を確保した上で民間主導で行えば不可能ではないと思う。
手元にあるマイナンバー通知カードをマイナンバーカードにアップデートしたくなる日はいつ来るのだろうか。
- エストニアに興味がある人
- 国家戦略の立案や実行の手順を学びたい人